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クンルンネイゴン

前回「それは在る」という書籍の紹介をしましたが、
そのとき同じ書店で、同時に購入した、当日入荷されたばかりの

「時空を超えて生きる」というKANさんの書かれた本を読みました。

kanさんがラグビーで脊髄損傷のような大けがをして、医者から再起不能であると告げられながらも不思議な老人との出会いから完全に回復する話から始まり、現実界と潜象界を自由に行き来し、ゴールドドラゴンボディを実現した体験などを読み、これまで色々と本で得てきた知識を、実際に体験された人がこの日本で生活しておられることにいたく感動を覚えました。

現在世界中を飛び回ってクンルンネイゴンというものを教えて回っておられることも知り、クンルンネイゴンについて色々な知識を集め始めました。

kunrun system

インターネットでもいろんな方が実践をされており、クンルンネイゴンのエナジーワークのセミナーが京都で開催されるという案内をみつけ、これは何をおいても参加しなければいけないという気持ちで、急遽セミナーに申し込みました。

 

セミナーは7月20日、21日の土日にかけて知恩院の会館で行われたのですが。、京都はうだるような暑さで、時間の合間にちょっとした見物もと思っていましたが、あまりに暑く、それどころではありません。

その日は西洋占星術的にはグランドトラインのピークで、新しいことを始めたり、意識の変容には最高の日であったことも何か祝福してくれていたような気もします(何でも都合のいいように、楽しい方向に考えます)。

楽しみに、首を長くして待ちに待ったセミナーで、心の準備を整えて、ワークに臨みました。

クンルンネイゴンとは聞き慣れない名前と思いますが、日本ではすでに2004年から開催されて、千人以上もの方が参加されてその評判があちこちのインターネットで紹介されています。

気功やレイキ、マトリックスエナジェティックス、シーターリング、瞑想など、いろんなことに興味を持ってきたにもかかわらず、これまでこのようなセミナーが催されているとは全く知らなかったのに自分でも不思議な感じがします。
なぜもっと早く気づかなかったのかと悔やまれますが、これも自分にまだそのセミナーを受ける準備ができていなかったことによるのでしょう。

クンルンネイゴンとは一見何か良く分からない名前ですが、あるサイトでは以下のように説明されています。『クンルンネイゴン』は、道教に伝わる覚醒のための実践法です。これが歴史に初めて現れたのは、7世紀頃と云われています。

伝承によると、覚醒を求めてクンルン(崑崙)山脈を旅していたリンという若く美しい女性が、雷神(天狗)から授けられたのがこの技法なのだそうです。

それ以来、覚醒への秘術として心から心へ、師から特別な弟子へと、一子相伝で大切に伝えられてきましたが、近年になって初めて一般に公開されました。

これは自己再覚醒法=リ-エンライトメントとも呼ばれ、宇宙の全てである本質と自分とを、再び結びつけてくれるものです。

クンルン=崑崙山脈
ネイゴン=内気功

クンルンネイゴンとは、いいかえれば
古くから道教の寺院で高度なレベルへ達した道士(タオイスト)にのみ一子相伝で伝わってきた秘伝の錬金術、芸術です。

ここで言う錬金術とは、鉛の身体から黄金の身体へと変容することを表しています。

それを道教の伝統ではゴールドドラゴンボディ、
仏教の伝統ではダイアモンドボディ、
チベットの伝統ではレインボーボディと呼ばれています。
これは水が蒸気になって消えていくように、身体がより精妙な周波数域へと移行してゆき、
最終的にサブクォークという物質の最小単位まで身体が分解されて、肉眼では見えなくなり、
潜象界(タオ、無の世界)に解け去る状態のことです。

チベットのある寺院に置いてある古文書にも、クンルンネイゴンの技法が載っていると言われています。

クンルンネイゴンを世に出したマックスクリスチャンセン氏は、
6歳の頃雷に打たれ覚醒をしました。

それから彼は中国の錬金術のマスターの家庭に養子に入り、様々な気功、錬金術を学び始めました。

彼は40年以上に渡って世界中を旅しながら、
道教マオシャン派、チベット密教ニンマー派、
モンゴリアンシャーマニズム、
ネイティブアメリカンのヤキ族とナバホ族、
ハワイアンシャーマニズム、
古代エジプトの秘教等について学んできたとのこと。

クンルンネイゴンとレッドフェニックスは、彼が今まで学んできたものの中で、最もパワフルとのことです。何十年も悟りを求めてきた修行者が最後に出会える秘法、さまざまな覚醒手法の根底にある技術ともいわれています。

日本にやって来たマックスクリスチャンセン氏が2004年に初めて一般に公開し、
現在日本では1500人以上の方が習っています。

創始者であるマックスクリスチャンセン氏が世界で初めてクンルンを教える認定を与えたのがKan.さんと由紀さんといわれ、マックスさんはアメリカに修行に帰り、Kanさんと由紀さんによって指導が受け継がれているとのこと。

今回のセミナーも、豪華にもクンルンを体得された、Kanさん、由紀さんのお二人から直接クンルンを伝授していただけるというもので、マスターのエネジーに直接触れられるこのセミナーは私にとって貴重なものでした。

さわるだけで病気がなおるとか、イエスのように愛で魂を包み込むだけで、危害を加えようと思った相手ががへたり込み、急激な回心をするなど、超人的な技法は、単なる理論や理屈などを説明しただけでは決して体得できない。そういったものは、それができる人と寝食を共にするだけ、あるいは楽しく酒などを酌み交わすだけで、伝染するように体得するものである。とわれていることからも、そういった覚者のエナジーと場を共有し、一体化することが最も大切なことであるといろんな方が言っておられることもあって、なんとしても参加したいセミナーでした。
たまたま今何十年ぶりで「空海の風景」を読んでいますが、空海が不思議な力で呼ばれるようにして唐に渡り、恵果から密教を伝授されたのもそういったものではなかったかと思い起こさせてくれます。

もとより私など空海を引き合いに出すのも恐れ多いことですが、このような種類の覚醒、悟り、大いなる気づきの体得というものは、それぞれの魂に応じて、このような原理や形で行われていくものではないかと思い至りました。

受講してみると型ぐるしい理論や堅い話は一切なく、精妙なエナジーを、如何に楽しみながら感じ取っていくかというワークでした。

受講された方も老若男女様々ですが、共通の意識を持って集まった方々の意識やエナジーが、講師のお二方と一体に混じり合って一つのフィールドを作り上げ、そのフィールドの素晴らしさを存分に味わうことができたのは感激ものです。

当面の所、深く理解しえたのは、悟りに至る道筋として、意識が肉体を動かし、肉体が体の精妙なエネルギーを動かし、これまで眠っていた脳や細胞、DNAを変化させるのではないかということです。

たくさんの秘儀を教わりましたが、空海が伝承した密教の三密(身密、口密、意密)の重要性、また仏様の組む印契(ムドラー)の意味も良く分かったような気がします。これはクンルンを毎日続けることによって頭ではなく、体や意識で体得するものなのでしょう。

これから毎日やり続ける必要がありますが、やる度に新しい感覚が起こってきて、たいへん楽しみです。
2,3日続けたところでは、体の芯からブロックがはずれ、何とも言えないような気持ちの良さが体の隅々まで満ちあふれてきます。なんとなく身体の境界がなくなってきて宇宙と一体となれるような感覚が少し感じられるようになったような気がしてきます。

起こってくることには何もこだわらず、あるがままの宇宙を感じ取っていくことが必要なのだと思います。

最近出会った本や、感動する出来事など書きたいことは山ほどあるのですが、クンルンネイゴンの経過など少しずつ書いていくことにしたいと思います。

クンルンネイゴン  時空を超えて生きる―潜象界と現象界をつなぐ

最近の読書

最近の読書の傾向なのですが、読みたいと思う本は決まってきて、数冊の本を順番に何度も何度も読んだりしています。
その中で、何度も読みたいと思った本は
1.アミ 小さな宇宙人
2.豊かに成功するホ・オポノポノ・・・究極の奥義かな
3.アルケミスト・・・前から気になっていはいながらなかなか読む機会がなかったのですが、読み始めると止まらなくなって一気に読みました。
4.神に帰る・・・ウォルシュさんの最後の対話本、死と生に関する考えが見事に整理されます。
5.神より幸せになる・・ウォルシュさんの素晴らしい本
などですかね。でもたまにOSHOの本などを読んでみるとまた面白いですね。

倉敷街角音楽祭

今日は朝から倉敷音楽祭にでかけ、PENNY LANEという喫茶店での団塊デュオmrrock&canopusという名前で出場しました。
早速倉敷音楽祭のホームページには私たちの写真が載せられていて感激です。
今日の演目は「遠い世界に」「心の旅」「風に吹かれて」でした。
「遠い世界に」はいつものユニゾンとは違い、高音部のコーラスをつけたバージョンにしました。このバージョンが結構きれいにハモっていたとのことで何人かの方からの評価は良かったようです。
ギターでも気持ちのよいコードはワクワクしますが、人間はハモリが好きなんですね。うまくハーモニーができたら達成感や演奏後の気持ちのよさは格別です。
3曲目の「風に吹かれて」は何度も歌っていたもので、練習も手を抜いていたのですが、2人のリズムが合っていないと辛口の批評を受けました。
一緒に参加した他のメンバーもたいへん満足して演じられたようで、忙しい中、なかなか貴重な体験でした。みんなで力をあわせて何かをやりとげるというのはいいものですね。

コンサートライブ

昨日は地元の楽器屋さんのホールでフォークライブに出演しました。
会社の若者のロックライブに、急遽前座で賛助出演しようということで、2ヶ月ほど練習を重ね、団塊の世代、同年代の方とのデュオでしした。
われわれフォーク世代にとっては懐かしい歌を特集してやってみようということで、急遽出演したものです。
演目は
1.22才の別れ
2.遠い世界に
3.Puff
4.風に吹かれて
5.あの素晴しい愛をもう一度
というものでした。
当初曲目を決めるのが大変でした。
演奏者二人でカラオケのできて、お客さんがほとんどいない店で、いろんな歌を歌って演奏曲を決めようということになり、おばさんが一人でやっていていろいり雑多な家庭料理を出す店があったので、そこに4時間ほど入り浸り、50曲ほどのカラオケを歌って、おばさんの感想も参考に候補曲を決めました。
しかし、その時にリストアップし、優先順位をつけていたメモを相方が紛失するやら何やらと初めから苦難の道が予想されました。
練習不足もあったのですが何とか形も決まって結構楽しめました。
目標を持って練習し、やり終えた後の爽快感は格別です。
またまた癖になりそうです。

ブログ雑感

私が借りているこのサイトはFC2さんの提供しているものですが、fc2.comのトラフィックが国内最大級ショッピングサイト amazonを超えたとのことです。これはたいへんなことですね。
私もブログを一番初めに始めたのは楽天(そのころはブログというより日記かな?)ですが、それから家内にすすめて、家内の方はやっと自分の最もほしかった環境がやっと得られたかのように日記風の記事を書き始め、アクセス数は一気に抜かれてしまいました。それからだんだんブログというものが流行り始めてココログやシーサー、excite、「はてな」などがありましたが、その後アマーバ、ヤプログ・・・・どんどん増えてきましたね。
私も記事の内容を書くより、いろんなブログの使い勝手を楽しむのに興味を覚えて、はてな、livedoor、jugem、それから自分でソフトを導入してMovable Typeの本格的なブログもやってみました。(MTのその頃の努力の結果は家内のブログに残っています。)
livedoorやjugemなどはテンプレートのカスタマイズが楽しいし、javaが使えたりflashも使えますしたいへん楽しいのですがあまりにも重たくて家内ともども引っ越さざるをえなくなったりしました。今でもブログによってはまだまだ重いものも一杯あるようで、記事を書いたり更新が大変ですね。しかし、どういうわけか検索に最も強いのはjugmなんですね。家内のブログなどは楽天とjugem、MT,livedoorでデザインは別として記事はほぼクローンに近いミラーブログをつくっていましたが、楽天などはgoogleなどの検索サイトから来る人はほとんどないのに、jugemのアクセスはほとんどが検索サイトから来る人でした。ブログもそういう観点から検索に有利なものを選ぶということも大切なんでしょうね。
無料ブログ比較サイトもいろんな方がアップしています)
FC2さんは昔から無料のホームページサイトを提供されていましたが、ブログも提供しだしてからどんどん内容が充実してきていますね。今までは重いということをのければ、私の使った範囲では、一番使いやすいのはjugemだったのですが、最近どんどん進化してきて、軽いし最も使いやすく楽しいのはFC2ブログではないかと思って移転したわけです。
livedoorやココログ、yahooなどはどういう会社が提供しているのかはだおたいわかるのですが、FC2さんの実態は謎に包まれて一体どういう会社が提供しているのかがよくわからなかったそうですね。この間はどなたかが書いていたのですが、実はFC2さんの会社は海外にあるとの事を知りました。なるほど今は日本にいなくても日本人を相手にこういうサービスも出来る時代なんだなあ・・。それもこんなきめ細かいサービスを提供し、ツールもどんどん進化して行っているのも驚異です。
こんな地道な努力がamazonを抜くアクセスにも現れているのでしょうね。
ブログ人口がたいへん増えてきて、これから1億総発信の時代がやってきそうな勢いですが、ブログを書く人にもいろんなタイプがあって面白いですね。
1.いつかは自分の本を出したいと思い、出版社対策にブログを始めるタイプ
2.書くことが好きで、とにかく誰かに人に読んでもらうことがうれしいタイプ(特にアクセスやコメントは気にしない)
3.記事を書いて人の輪を広げるのが好きで、アクセスやコメントをたいへん気にするタイプ
4.アフィリエイトなどビジネスに必死で、SEO対策も万全で、とにかくアクセスを稼ぐのが最大目的のタイプ
5.特に人の反応は気にせず、何か人にメッセージを伝える場として趣味的にサイトを継続する気まぐれタイプ
6.デザインや変わったツールを試してみたくて箱庭のようにHTMLやcssをカスタマイズするのに喜びを見出すタイプ
私などは最近は5と6の折衷タイプなのかと思っています。

高知出張のひととき

このところ出張が続き、一週間のうち1日2日しか会社にいないことが続いている。自分の性格として出張は大変好きで、いろんな場所でいろんなものを見ることが出来るのはありがたいことである。木曜日からは2泊で高知へ行ってきたがほとんど日本の中は歩きつくしたようでも、高知と松山の2県は行ったことがなかったのでたいへん興味深くわくわくしながら出かけて行った。
高知へはJRで出かけたが途中の大歩危、小歩危の急流地は素晴らしい景色でそれを見ることの出来ただけでも随分得をした気分になり大満足であった。
高知は坂本龍馬の出身地であることが最も興味深く、あの時代に脱藩をしながらも自分を顧みず、命をかけて自分の夢のために生き、大義に殉じた男らしい生き方、あの特有の方言にはあこがれもあった。
今回は建設関連の出展があり、毎日朝から晩まで会場に缶詰となり、来訪者の相手をしなければならないため、観光地めぐりなどといった余裕は全くないものの南国の息吹を感じられただけでもたいへん意義のあることであった。
夜は自由時間を少しでも高知の雰囲気や土佐の人間性をつかんでみようとホテルのまわりをうろついて見たが、さすがにお酒の好きな県民性であるのか、飲み屋街はにぎやかで、夜中遅くまでホテルの外からにぎやかな声が響き渡ってくるのには感心すると同時にそのおおらかさに思わず安心感が湧き上がってくるのを感じた。
この不況の中で給料も下がり仕事もきつくなる一方であろうとにもかかわらず、居酒屋がにぎわい、明るい声が聞こえてくるのは、まだまだ余裕が感じられ、ほっとした安心感と生きる元気を与えられるものである。今度はまたゆっくりと高知を訪れ、じっくりと龍馬を育てた風土を味わってみたいものだと思った。

冬ソナの秘密

先週の土曜日冬ソナグランドフィナーレを見ました。
冬ソナを総括するのにふさわしくたいへん密度の濃い内容の番組だったと思います。
この番組にはユンソクホ監督も特別出演されていたのですが、冬ソナでもっとも訴えたかったことは何かというような質問に、この世の中では力の強いものがいい目を見るということが多いのですが、一見弱そうに見える、素直なもの、純粋な者、正直な者でも勝利を得ることができるのだということを訴えたかったというような意味のことをおっしゃっていました。私はこの言葉、またユンソクホ監督の人間性と優しさにたいへん感動しました。
ソクホ監督は仕事には大変厳しい人ですが、このようなすべてを愛で包み込むような大きな包容力と、色彩や小さな小物の演出など細かいところに気を配る繊細で細やかな気遣いがこのように日本中を感動の渦に巻き込んでしまうようなことができたのではないかと思いました。

バス通り裏

 最近ちょっとストレスがたまっているせいか、夢でも昔の苦い思い出や、数々の不義理など思い出したくないことを思い出すことが多いため、精神的につらい状況にありました。
 昔から私の夢は試験が近いのに全く準備ができていなかったり、授業にぜんぜん出ていないのに大学の入学試験はどうするの?と冷や汗をかくものなど、夢でもいつも追い立てられるようなことがしばしばあります。
 これも深層意識の浄化作用なのかなとは思うのですが、やはり煩悩が多い人間ゆえに、いつも清浄かつ平静な心を保っていることは困難で、いい加減もう昔の苦しみは勘弁して欲しいとおもうことはしばしばです。
 その時ふと昔私が小学生の頃の「バス通り裏」の歌が頭に流れてきました。なぜ今「バス通りの歌」がと思うのですが、特にテレビで流れていたから思い出したというわけではありません。
 また私もその当時毎日そのテレビドラマを見ていたわけでもなく、たまに見る程度だったのですが、この歌だけは大好きでした。またその頃の十朱幸代がなんとなく浮かんでくるのです。昔から何年か置きにこの歌が甦ってくることがあるのですが、なぜかはよく考えてみてもわからなく自分でも不思議です。
 しかし、この歌にはひとつだけ強烈な思い出があります。それは私が就職してすぐに新人研修があったのですが、その時の懇親会の余興に、たいへんひょうきんな同期生がいて、面白い身振り手振りで「バス通り裏」の歌を歌ったのです。
 決して上手な歌ではなかったのですが、何か強いノスタルジアを感じ、また私の胸に強烈な感動を呼び起こしました。未だにその声がそのまま私の耳に残っているのです。きっと新しく就職して社会人となって未知の世界に踏み出していく不安の中で、私にとってその不安をなぐさめてくれるオアシスだったのかもしれません。
 それでこの歌をインターネットでダウンロードできないか調べてみたのですが全くダウンロードできるところはありませんでした。しかし、CDは何枚か出ているらしく、その中には「懐かしいTV・ラジオ主題歌」の主題歌集など、その曲目をみてみると「とんま天狗の歌」とか「赤胴鈴之助」など団塊の世代の人間にとってはなつかしい歌ばかりです。
 また「バス通り裏」を歌っている歌手は、中原美紗緒とダークダックス、森山良子の2つあることも知りました。早速明日でもつたやに行ってレンタルCDがないか探しに行ってみることにします。
<参考>
■決定版 懐かしいTV・ラジオ主題歌 ?ベストセレクトライブラリ■
あの頃、誰もが夢中になった画面の中の主役達。昭和20年代から昭和40年代に流行したTV・ラジオ主題歌をこの一枚に収録。
1. とんがり帽子(「鐘のなる丘」主題歌)(ひばり児童合唱団,高橋恵子)
2. 笛吹童子の歌(上高田少年合唱団)
3. 紅孔雀(井口小夜子,キング児童合唱団)
4. 赤銅鈴之助(宮下司,上高田少年合唱団,岩瀬寛)
5. 一丁目一番地(ひばり児童合唱団,リードソルファー)
6. 月光仮面は誰でしょう(近藤よし子,キング小鳩会)
7. バス通り裏(中原美沙緒,ダーク・ダックス)
8. 矢車剣之助の歌(上高田少年合唱団)
9. とんとんとんまの天狗さん(大村崑,キングかなりや子供会)
10. 白馬童子(石川進)
11. 怪傑ハリマオの歌(三橋美智也,東京混声合唱団)
12. 若い季節(ザ・ピーナッツ)
13. てなもんや三度笠(藤田まこと)
14. 鉄腕アトム(上高田少年合唱団)
15. 鉄人28号(西六郷少年合唱団)
16. ひょっこりひょうたん島(前川陽子,ひばり児童合唱団)
17. おはなはん(倍賞千恵子)
18. これが青春だ(布施明)
19. 太陽野郎(寺内タケシとバニーズ)
20. ゲゲゲの鬼太郎(墓場の鬼太郎)(熊倉一雄,ひばり児童合唱団)
21. 誰かが風の中で(「木枯らし紋次郎」主題歌)(上條恒彦)
22. 花のピュンピュン丸のうた(財津一郎,キング女声合唱団)

至福の時間

 お昼休みには会社の近くに食事に行くのですが、最近行き始めた店があります。そこは喫茶店ですが、毎日おいしい日替わりの定食を出してくれます。おいしい刺身が付いていたり、さば煮やコロッケなどなかなかおいしく、また食後のコーヒーもサイフォンで入れてくれたりで、大変気に入っています。
 店内はスナック風のカウンターに大きなテーブル、またたくさんの4人掛けのテーブルがあり、内装もしゃれていて落ち着いた雰囲気です。
 食事が出てくるまでにカウンターの隅においてあるものを何気なく見ていると、色ガラスでできた装飾のライトが目につきました。赤い色のブドウの房のようなライトを、緑の葉っぱがきれいにまわりを包み込んだ、豪華なガラス細工でした。
 これをきれいだなと思ってじっと見ていると、何か昔にこれと同じようなものを見たことがあるような気がし、またその時の何ともいえない不思議な、なつかしい感触がよみがえってきたのです。
 私には、また、必ずある色の自動車を見ると、小児期に味わった何ともいえない気持ちの良い、えもいえない楽しいような、おなかがもぞもぞするような特殊な感覚がわき上がってきます。それはある特定のブルーの色で、その特殊なブルーでなければならないのです。あまりその色の車は走っていないのですが、たまたまその色の車を見ると必ずその感覚がよみがえってきます。またこれはある特定の音楽にもいえることですね。
 気分が沈んだときや、疲れたときなどにはそのような何ともいえない心地よさを甦らせてくれる色や音楽を必死で思い出します。そして、その感覚にひたりながら、このような至福の時を味わえるなんて、生きていてなんて幸せなんだと感じるのです。

気楽さの効用

 今日何気なくテレビを見ていると、昔オリンピックのロサンジェルス大会で、柔道の山下泰弘選手と決勝を戦って敗れたエジプトのラシュワン選手が出ていました。
 決勝戦は山下選手が右足を痛めてたいへんなハンディーを背負っていたのですが、ラシュワンさんは決してその右足を攻めようとはしなっかたのです。そのきれいなスポーツマンシップにはみんなが感動したものです。その試合のビデオを放映し、また現在ラシュワン選手がどこでどうしているのかを探し当てて、山下選手と涙の面会をしていました。
 その試合のラシュワン選手のものすごいオーラと素晴らしい人間性にたいへん感動しました。金メダルをどうしても欲しいと思えば何とか相手の弱点を攻めて金メダルをもぎ取ろうとするのが普通ですが、相手の最大の力を発揮させて本当の実力どうしで戦おうとするその心にはだれもが感動せざるを得ないでしょう。
 この社会ではなんとか人を押しのけても自分だけが・・・という人が多い中、ラシュワン選手の人間性に触れることができて何か心が温かくなってきたような気がしました。
 身近なまわりを考えてみても、今の社会は何かぎすぎすしすぎてているような気がします。もっと気楽に、おおらかに生きられないものでしょうか?
 ほとんどのビジネスが気楽な方が人の心を引き付け、成果が上がることを忘れているような気がします。会社などにおいても短期的な効率性のみを重んじ、またノルマやリストラなどの恐怖心を煽って、以前はさかんに言われたゆとりなどはどこ吹く風といった状況です。もちろん効率性も重要ではありますが、それが高じると社員の士気も衰え、長期的には大きなマイナスを背負ってしまうことに気がついていないように思えまてなりません。
 従業員の士気や誠実さ、忠誠心があがるのは、会社の雰囲気に気楽さがあるときだといわれます。こういう話が本に書いてありました。
「私はあるペットショップで買い物をするのですが、そこの店主はたいへん鷹揚な人です。決して急ぐ様子もなく、いつもお客とおしゃべりしています。そして自分が留守にしていても従業員がしっかりやっていてくれると信じているのです。私は古くからの顧客で、ここの従業員のほとんどが何年もそこで働き続けているのを知っています。この地域では人の入れ替わりが激しくこんなことは稀な偉業なのです。長い間働き、やめてしばらくしてからまた帰ってきた店員もいます。この店には、働く人にも買う人にも、何か心を豊かにしてくれるものがあるのです。
 このペットショップと同じ通りの商店街に、もう一軒ペットショップがあるのですが、そこの経営者は暴君です。彼はいつもぎすぎすし、店員の間違いが我慢ならないのです。明らかに仕事を楽しんでいず、いつも闘っているようなのです。行く度に同じ店員がいたためしがありません。そこは親しみやすい雰囲気がなく、気楽な雰囲気もないのです。そこの経営者は、もっと気楽にすればより多くの喜びと成功が生み出せることを知らないのです。彼の威圧的な経営は、得られるものよりも、従業員が入れ替わることで効率を悪くしているのではにかと思います。
 この二軒の店は、たった一ブロックしか離れていないのに、世界の果てほどかけ離れているのです。」
 このように豊かに生きていくうえには気楽さが必要で、その気楽さがまわりにも良い影響を与え、そして自分も満ち足りた気分になっていくのではないでしょうか?

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