「祈り」という言葉から想像するものは何でしょうか?

私達は祈りというと、お寺や神社で手を合わせること。お墓参りなどで手を合わせることなどが思い浮かびます。またそこでお祈りをする時に何を祈るのでしょうか?

祈ることは、「お金がはいりますように」「家内安全でありますように」「病気が治りますように」「受験合格など希望がかないますように」など、今自分にないものを、なんとか持てるようにしてほしいと祈っている方がほとんどかと思います。

しかし、これらのようなものを祈って得られるようにと思ってもそれらの望みが叶うことはありません。なぜなら、いくらお金が入ってくるのか、どの大学に合格できるのか。いつ最愛の恋人と出会えて、いつ結婚できるのか。自分はどの位の財産を築けるのか。病気になるのか、そして病気になるとしたら何時、どのような病気になるのか。などはもう生まれる前から既に決まっているからです。別のいい方をすると量子物理学的には、すべてのことは既に終わってしまった出来事であり、私達はそれらの終わったことを映画でも見るようにそのストーリーをスクリーンに投影し、それらを時間と空間という制限の中でなぞって経験しているだけだということです。

私達はすでに終わったことを時間の前に遡って経験しているわけです。すべては起こってしまっているのですから、この先どうなることだろうかなど不安を感じたり、心配する必要はないということであり、すべて起きることは自分のスピリットを高める出来事や感情しか起こらないと言うことですね。

全貌を見ることが出来ない私たちが、悪い出来事や失敗と思うような出来事も、すべて高次の力の恩寵なんです。ありがたいことですね。(本当は何も起きてはいないのですがここではそういうようにしておきましょう)

もし祈りが叶ったということがあったとしたら、一見祈りによって叶えられたように見えますが、それは初めから自分のシナリオに書かれていたからそう見えるだけなのです。

多くの人はお金儲けもしたいし、熱烈な恋愛もしたい。それが出来ない人生なんてなんてつまらないことか。と思ってしまいます。みんなドラマ,ストーリーが好きなんですね!

しかし、そのような現世利益を追い求めてもきりがありませんし、それらを得られたあとに残るのはむなしさや失うことの不安だけです。

もう既に起こってしまっているのならもう努力する必要はないのではないか、そんな人生はつまらないという人もいます。しかし、努力するからこそ起きることもシナリオの中にはたくさんあります。私達は生まれて来た瞬間からそういう記憶はすべて忘れてしまい、この先どんな人生が待ち受けているかということは忘れてしまっているので、将来に起きることは事前に知ることが出来ず、それらの出来事をワクワクしながら、あるいはすごい不安を持って、また大きな苦しみの内に悩み続ける経験などをするのです。これが時間というもののしくみですね。

この世に生きる99%の人は、自分に何が起きるかはわかりません。そして何かが起こったとしてもそれがどういう理由で起きるのかは人間にはわからないのです。しかし聖霊だけは終わったことの後から前に遡って見ることが出来るため、起きることの理由を知っています。

ですから私達にできることは、
・自分の身に起きることはいくら避けようとしても起きるのだから、そのシナリオに身を任せきること。
・すべて起きることを赦しの最大のチャンスととらえてゆるしを継続すること。
・赦しを行ったあとは、何者も期待したりすることなく、全てを知り尽くしている聖霊にすべてをお任せすること

これらのことが最も重要なことなのです。

「神の使者」にはゲイリーさんが高次の存在に教えてもらったという「真の祈り」について書かれています。

私も毎日この「真の祈り」を実践したいと思っています。これこそが奇跡のコースの真髄です。

【真の祈りと祭壇の瞑想】

今、あなたの目の前に、真っ白に輝くまばゆい光が差し込んできます。 その光は完璧に美しく、ふんわりと暖かく、癒しに満ちた光です。その光を体全体に感じます。その美しく、暖かい光が体にゆっくりとしみこんで行くのを感じます。

すると次第に、その光が空間全体に広がります。この光が満ちていないところは存在せず、 この光は永遠にここにあることを感じます。この光は永遠に私たちとともにいるのです。

しばらくすると、神の祭壇が目の前に現れます。どんな祭壇でもかまいません。あるいは祭壇があると思うだけでもいいのです。 この祭壇の上に、あなたがこの世界で幸せになるために手に入れなければならないと思っているものを全て捧げます。私たちが到達したい目標、健康、人間関係、身体の自分、お金など、私たちがこの世界で手に入れたいと思っているもの全てをこの祭壇に捧げるのです。物理的にそれらのものを諦めるわけではなく、心理的な執着を手放すのです。 あまり深く考える必要はありません、ただ手に入れたい、こうありたいと思っているもの全てをそこに置いてください。これは神への贈り物です。

すると、その祭壇は、次第に神の光の中に消えていきます。そして、だんだんと私たちも神の光の中に消えていくのを感じます。神の暖かく美しい光が、体にしみ込んでいくのを感じ、私たちがその光の中に消えていくのを感じます。

もしかしたら私たちは何かを諦めたように感じるかもしれませんが、今、私たちは神と同じ存在になりました。私たちは肉体ではなく、神と同等のスピリットです。私たちは何も諦めたわけではないことを知ります。なぜなら、代わりに私たちは、全てを手に入れたからなのです。私たちは制限のあるものを手放した代わりに、無制限のものを手に入れたからです。これは永遠に続くものです。永遠に神と一つです。神の愛が永遠に続きます。 これは素晴らしく、驚異的なまでに楽しい体験です。この体験の中で欠けているものは何 一つありません。なぜなら全てがここにあり、それらと私たちは一つであり、完璧だから です。 今神と一つになったことで、私たちは神と全く同じように創造されたことを悟ります。 神とは離れていず、神と全く同じだということを、喜びの体験の中で感じます。 これから静かに瞑想して彼と一体であることを感じる時間を設けますが、その前に、神に こう心の中で言いましょう。

「神さま、愛しています。あなたと全く同じように私たちを創造してくれたことに、深い 深い感謝を捧げます。私はあなたとはなんの違いもありません。天国にいて、あなたと本当に一つです。私に全てを与えてくださり、ありがとうございます。私たちを完璧なまで に面倒をみてくださり、ありがとうございます。ここに恐れはありません。この完全な 一体性の中には、欠けているものは何一つありません。私が今までに愛した人たち、動 物、全ての愛するものたちは、今、ここに私と一つになっています。私たちは、完全に一つです。私たちは別れていません。私たちは肉体ではありません。私たちは永遠に一つで す。神よ、永遠に一つであるという驚くべき喜びの体験を、ありがとうございます。私は、決してこれが失われることはないと知っています。私たちは、これからあなたの中に 消えます。そして、あなたと永遠に一つとなるのです。神様、心から愛しています。愛し ています。ありがとうございます。」 そして、私たちは消え、神と一つになります。

(五分ほど神と一体となってただけ感じる時間を設ける)


(引用:岡崎泰平の祈り)

このところノンデュアリティーの動画をみることがありますが、日本人でノンデュアリティーの動画をアップしている方はやはり女性が多いですね。

いずれも若くて魅力的な方々ですが、現実へのこだわりがないせいか、ぎすぎすしたところがなく解放館に溢れているのが素敵です。

私も最近は何も考えることもなく、またこれといった願望も目的もないので、生きることが大変楽です。

「起こることは起こる。」「(シナリオに)書かれたことは起きるし、書かれていないことは起こらない。」ということがわかっているので何ごともおこるままにまかせるだけ・・・。大変楽しく気楽です。

体調も大変良いですし、食事もおいしいです。

何にもこだわりがないですし、こうしなければいけないとか、何かをしなければいけないなどということもありません。

しかし、毎日の予定は結構つまっていますので、忙しくはあります。しかし、それも淡々と何も考えずにこなしていくだけなので、大変気楽です。

そんなことでなんの楽しみがあるのかと思われそうですが、毎瞬毎瞬に充実感があります。毎日の仕事をこなすときにも、何も期待することがないので、起こって来ること、仕事としてやるべき事に対しては、周りの方に喜んでいただけるようなことを無心でやるだけです。かといって何か評価されようとかいうこともないのでこだわりがありません。

本当にありがたいことです。

ふとしたことから奇跡のコースを知り、ワークの実践を始めたのですが、毎日毎日たゆまなく実践することで、最近その効果に「何とありがたいことか・・・」「奇跡のコースを実践してきて良かった」と感謝することが増えて来ました。

それはどういうことかというと、何か仕事とか、また毎日起こることを淡々とこなしてやっているとき、ふと「今、このことはやっておいた方がいいな」とか「確認しておいた方がいいな」とか直感的に思うことがあります。

具体的には、例えば仕事の手順が書かれたマニュアルなど、どういう理由かわかりませんが、ふと「あ、そうだ。ちょっとあの部分は見返して、手順を確認しておいた方がいいかも・・・」などのような・・・。

そこで、マニュアルなどでやるべき手順を確認したりするのですが、驚くことに、そのあと決まったように「その手順を必要とすることが起きたりする」のです。

「ああ、あのときその手順を確認しておいて良かったな~」と感謝することが沢山起こってくるのを実感しています。

いわゆる時間のシンクロすね。

このことだけでも「奇跡のコース」は素晴らしいなと実感しています。

[進化したPocket WiFi]

SIM交換不要バナー(640x100)

これまで海外でPCやスマホ、携帯を使うには、訪問国毎に異なるSIMを購入し、そのSIMを国毎に差し替えて使う必要があり、時間がないときや、またトランジットなどでSIMを購入する時間がない旅行者にとってはたいへんな不便を強いられてきました。

しかし、今、一台で世界中を飛び回れるPocket WiFiが開発されて、旅行者にたいへん喜ばれています。。
それが次世代クラウドWiFi「グローカルネット」です

① SIMを使わないPocket WiFi

Pocket WiFi端末に直接SIMを挿し込んでインターネットを利用していたのが、従来の利用方法だでしたが、クラウドWiFi「グローカルネット」は株式会社GLOCALNETが独自に保有しているSIMサーバーに既に世界100ヵ国以上のSIMが挿さっており、グローカルネット端末を海外に持っていき電源をつけると、端末が自動で今自分がいる国を特定しサーバーに位置情報を送ります。そしてサーバーからその国の最適なキャリアのSIMデータを端末にダウンロードしてくれます

これだけで自分がいる国のインターネットが利用できるようになるのです。

ここまでが全て自動で行われます。
私たちのやるべきことは、飛行機を降りたら電源を入れるだけなのです。

② 最適なエリア自動選択と快適な通信速度

日本国内でも通信キャリアは様々です。

主なところでSoftbank・DoCoMo・auがありますが、各キャリアによって通信エリアの良し悪しがあります。
通常では同時に3キャリアを扱うことが不可能ですが、SIMサーバーにすでに3キャリアのSIMが挿さっていればどうだろでしょう。

グローカルネットは自動で最適なエリアを選択し端末にダウンロードしてくれます。

一台で3キャリアを利用することが可能になり「○○ならこのエリアが繋がるのに…」といったこともなくなるのです。
もちろん4G LTEにも対応しているのでいつどこにいても快適なインターネットが利用できるのです。
※現状ではSoftbank・DoCoMoを保有。

③通信料金は使った日数分だけ

Pocket WiFiをレンタルした場合、渡航日数分の料金を先にレンタル業者に支払う必要がありますが、実際には7日間の渡航の間実際にPocket WiFiを利用したのは5日間でそれ以外は渡航先のホテルのWiFiを利用したりすることもあります。
しかしレンタル料金は7日間でしっかりかかってくるので損をした気分になってしまいます。
欧米などに渡航した際は、飛行機に搭乗したその日からの課金になり、飛行機の中など絶対に使わない日まで料金に含まれてしまうこともあります
更に周遊の場合はそこでかかる[渡航日数(飛行機内含む)×国数(端末数)]になるためかかるコストは大きくなってし。
これがグローカルネットだと、電源を入れた日のみの計算になり、使った日数分のみの課金とすることが可能です。(日々のリセット時間は日本時間午前9時)
7日間の渡航中5日間の利用であれば5日間分の料金のみですみます。
欧米に行くとしても電源を入れた日の計算になるため飛行機に乗っている日はもちろん無料。
更に周遊の場合でも端末は一台であるため[使った日数×端末数1台]とコスト削減での活躍は非常に大きくなります。

④世界均一価格

海外出張も出張先はアジア・アフリカ・オセアニア・南アメリカ・北アメリカ・ヨーロッパなど様々であり、エリアごとに料金も変わってきます。
アメリカなどでは平均レンタル料金が1,200円/日と結構な金額がかかってくるのが一般的です。

グローカルネットではこれを世界均一価格で3つのプランを設定しています。
・300MB/日 780円/日 ※日本国外は免税
・500MB/日 1,180円/日 ※日本国外は免税
・1GB/日 1,580円/日 ※日本国外は免税

これらのプランは月ごとに変更が可能です。(25日までの申し込みで翌月1日から適応)
仮に300MB/日 780円/日でアメリカに渡航すれば毎日420円のコスト削減になるわけです。
通信料金を抑えながら最適なエリアで快適なインターネットを使った日数分だけということですから素晴らしい商品なのはまず間違いないといえるでしょう。
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⑤国内利用オプション

グローカルネットではオプションで日本国内通信プランも2種類用意しています。

【従量課金プラン】
一ヶ月で使った容量に対して料金が変わる従量課金プランです。
グローカルネットのこのプランで最大の特徴が[500MBまで無料]というところ。
ご利用の携帯電話のデータ容量が月末日前になくなってしまった。という時にグローカルネットでクラウドSIM利用しても500MBまで無料だからお得でしかありません。
例え500MBを超えてしまったとしても、グローカルネットの国内料金は格安で1GBまでは530円なのでお得で便利な使い方が出来ます。
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【データ定額プラン】
グローカルネットの月額データ定額プラン最大の特徴は[無制限プラン]。
無制限といっても一般的には3日で1GB制限だったり、1日1GB制限だったりするのが一般的です。
もちろんグローカルネットの無制限プランにも制限はありますが、従来のプランと一味違うのは1日3GBまで使えるというところです
1日に3GBも使えるのだから制限としても利用者にはノンストレスな制限ではないでしょうか。
エリア毎に複数キャリアのインターネットが使えて無制限で3,980円(税別)/月とかなりお得な価格です。
ヘビーユーザーがスマホと使い分けるとスマホ代の節約になること間違いありません。
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⑥SIMフリー端末でSIMカードスロットを2つ装備

出張が多いビジネスマンにも渡航日数が極端に長い人も少なくはないでしょう。
特に月の半分は日本で残りは国外1か国に常駐している人もいるのではないでしょうか。
そういう方はすでに国外での現地SIMやPocket WiFiを保有しており、レンタルの必要はなく、たまに違う国に行くときにPocket WiFiをレンタルしていると思われます。

正直レンタル手続きというのは非常に面倒で急な出張だとしてもレンタル手続きに時間を取られてしまいます。
それがグローカルネットはSIMフリー端末であり、端末自体にSIMカードスロットを2つ装備してあるので、いつも常駐している国の現地SIMをそのままグローカルネット端末に刺し込んで現地SIMのインターネットを利用できます

たまに行く日本国外出張時には同じグローカルネット端末でクラウドSIMのインターネットを利用。
グローカルネット一台で、レンタルの必要もなくいつも使っている端末一台ですべての利用が可能になります。
SIMとクラウドSIMの切り替えも端末内画面(タッチパネル)で出来るため、持っているSIMを刺したままにしておけます。いちいちSIMを抜いてなくさないように別保管しなくていいのは利用者としてはうれしいところではないでしょうか。
これで急な出張時もレンタルする必要がないため、レンタル手続きに時間を取られることも、出国前にレンタル業者の空港カウンターに出向く必要もなくなるのです。

⑦5,350mAh大容量バッテリー

よくレンタルPocket WiFiを利用しているビジネスマンの共通の悩みが「Pocket WiFiの電池の持ちが悪い」という悩み。
Pocket WiFiは平均的に6時間ほどで電池が無くなってしまうので、一緒に予備バッテリーを持ち運ぶ方も少なくありません。
一台を借りるために予備バッテリーを一台追加で持っていけば、ホテルに戻るたびにスマホ、Pocket WiFi、予備バッテリーを充電したりとACアダプターやUSBの数も増えていきます。
最悪なのは宿泊先のホテルで利用できるコンセントプラグ数が最大2個までだった場合などです。
こうなればどれかを犠牲にし、その後の外出先では電池の持ちを気にし続けなければならなくなります。
仕事をしに海外に来ているのに頭のどこかではスマホやPocket WiFiの電池残量に対する心配が拭えません。
なぜ、こんな心配をしなければならないのだとストレスを感じた方も多いのではないでしょうか。
それが解消できるとなれば相当うれしいはずだと思います。
グローカルネットは5,350mAhの大容量バッテリーを装備しており、最大15時間の連続利用が可能です。半日以上外を歩き回っていても何の問題はありません。
更に、グローカルネット端末からUSBを使ってお持ちのスマホやタブレットへのバッテリー供給が可能な為、一台でPocket WiFiと予備バッテリーの二役をこなしてしまうのです。
この一台でPocket WiFiへのバッテリーストレスだけでなく外出先でのスマホやタブレットのバッテリーストレスまで解消できるというのだからビジネスマンにとってはマストアイテムになることは間違いのないところです。

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二元の世界から非二元の世界(ノンデュアリティー)に踏み込んでいきますと、非二元の世界はなんて興味深い素晴らしい世界なんだろうと、もう二元の世界には戻りたくなくなります。

しかし、非二元の世界を知っても、現実と思っている夢の世界は続いていきます。今まで通り起こって来ることは「薪をわり、水を汲くむ」と言われてきたとおり、その毎日の日常は続きます。

しかし、そこで感じられる経験や心の動きはこれまでと全く違ったものになってきます。

奇跡のコースの外にも、非二元の世界を説明する賢者は世界中にたくさんおられます。

ラマナ・マハリシ、ニサルガダッタ・マハラジ、トニー・パーソンズ、ダグラス・ハーディング、ラメッシ・バルセカールなどなど

非二元の考え方の中で、私に大きなインパクトを与えてくれたのは、「私の本質とは何か?」ということへの気づきです。

私たちは、この世に生まれて、そして学校で教育を受けて社会に出て、結婚し・・・・などなそ何十年も生きてきて、自分という存在は鏡の中に写っている自分であり、記憶の中にある肉体のイメージそのものであると思い込み、信じて疑いません。

しかし「本当に自分の本質とは何であるかわかっているのでしょうか?」「自分が自分と思って来た自分は、本当の自分なんでしょうか?」と問いかけます。

この考え方はたくさんの本をいくら読んでも頭だけでは理解できないものです。しかし、ダグラス・ハーディングという賢者が自分の本質を実感させてくれる素晴らしい実験を動画で説明してくれています。この動画はリチャード・ラングさんという方が作って下さり、それを髙木悠鼓先生が訳をつけてくださったもので、世界の視点を180度転換させてくれます。

以下に動画をご紹介します。

1A 私たちの本質とは何か?

1B 私たちの本質とは何か?

2A 私たちの本質とは何か?

2B 私たちの本質とは何か?

3A 私たちの本質とは何か?

3B 私たちの本質とは何か?

4A 私たちの本質とは何か?

4B 私たちの本質とは何か?

ハーディングの実験は高木先生のワークショップでも経験できます。

私の世界が、世の中を見る視点がどのように変わったかはまた続きとしてアップしますのでお楽しみに!

奇跡のコースでは赦しが大きなテーマです。

私達はついつい何かが起こると不快な気持ちになったり、また他の誰かの行動や言葉にムカっと腹を立てたりしてしまいます。

例えば

・自動車を運転しているときに、突然割り込まれたりしたとき。

・朝の通勤時に駅で誰かとぶつかりそうになったとき。

・突然誰かに文句を言われ、その通りだとは思うものの、その言い方にむかっとしたりなど。

しかし、実際は「ほかの誰かなんかいない」のです。

一見他の誰かが自分に何かをしたように見えますが、実際は「自分の無意識の中にとじこめていた罪悪感が、突然自分の心に浮上してきて、それが他の人の言動のように現れた幻想」なのです。

ですから、「自分に不快感を起こす誰かはいないために、それを赦す」ということは「そのような原因を持っている自分を赦す」ということであり、このことを弛まず続けていけば、自分が大きく変わっていくことになるということなのですね。

赦しについて

奇跡のコースでは「赦し」が日々実践すべき最も大きな課題です。

また、毎日毎日起こって来る日常の出来事を、たゆまず「赦し」を実践することが、エクハルトトールやバルセカール、トニーパーソンズなど他の非二元の考え方と一線を画す,大きな特徴であり、これが奇跡のコースを奇跡のコースたらしめている独特の考え方です。

しかし、「赦し」という概念は、これまで我々が経験してきた「許す」という通常の概念にひきずられて、なかなかコースの「赦し」が実感として理解できません

そこで、これまで我々が馴染んできた「赦し、許し」とコースの「赦し」の違いを考えて見ましょう。

一般的な赦しの概念

あなたは、社会に顔向けできない罪を犯したり、人を傷つけるようなことを言った。
あなたは悪い人間であり、またあなたのしたことは悪い事です。
でも私は寛容であり、あなたより優位な立場にあるのでそういうこともなかったことにしてあげましょう。

これが一般的に想像される許しということかと思います。

しかし、奇跡のコースでいう赦しは根本的にこれとは異なっています。

コースの赦しの概念

(他人が悪いと思って怒りを覚える場合)
あなたは神がつくった不死の精霊です。
あなたがした行いも言った言葉も、実際には何も起こらなかったことなのです。ですからあなたも私も全く何の罪もなく、全く無辜の存在です。

(私が悪いことをしたなど、自分を責める思いが起こった場合)
私は神がつくった不死の精霊です。
この肉体は単なるイメージにすぎません。
私とは何の関係もないもので、私も全くの無辜です。

このように書くと、罪を認識せず、私もあなたも悪くないなんて、反省も何もなく傲慢ではないかと受け止められるように思えるかもしれません。

また、相手のしたことや言ったことに怒りを感じる場合は、「なぜそんな人を私が赦さなければならないの」「そんなことを赦したらつけあがるだけじゃないの」などという感情がわきあがってくるのが普通です。

しかし、これらのことは本当は自分の潜在意識の中にあって、深く閉じ込められた罪の意識が、突然湧き上がってきて、他の人への攻撃として自分の外側に投影しているだけ、あるいは深く落ち込むことにより自分をも攻撃してしまっているだけなのです。

この世に起きていることは一見現実として確固としたもののように見えますが、実際には何も起きているのではなく単なる自分自身の潜在的無意識が外側に投影した夢にすぎないという考え方に転換することであり、この点において、これまで私達が行って来た視点と根本的に異っているのです。

コースは理論を勉強して知識を増やすとか。思想を習得するというものではありません。

毎日毎日、一瞬一瞬に起こる出来事に、不快な感情が生じたら、一呼吸を置いてそれらの感情を見つめ、良いことも悪いことも赦していくことを通して、

・この世が夢であること。

・本当の自分は無辜の存在で、神の王国を離れたことのないスピリチュアルな存在であること

を体得するための継続的なワークを行っていくものなのです。

たゆまないワークを毎瞬,毎瞬行っていくことが奇跡のコースが求めるものであると思います。

いいかえれば、「真の赦しが私の第2の天性になる」ということですね。

そしてこの行為をくりかえしていくことで潜在的無意識がどんどん玉ねぎの皮を一枚づつむいていくようにきれいになって行き、遂にはこの夢(幻想)も完全に無くなってしまうと言われているのです。

赦しのカリキュラム (価格改定新版)

私が若い頃、バグワン・シュリ・ラジネーシの著書をよく読みました。その後改名してOSHOとして世界中に多くのファンがいます。「わかっちゃった人たち」などを読んでもOSHOの影響を受けた人はたくさんおられるようです。

わかっちゃった人たち 悟りについて普通の7人が語ったこと

そのOSHOの著書の中で、奇跡のコースとも通じる、「この世はただのつくり話し」という一節はいつも繰り返し読み返すほど気に入っていて紹介したいと思います。

この世はただのつくり話だという時に、幸福があなたに起こる。

生を映画としてとらえる

osho
この生すべてをつくり話として、物語としてとらえなさい。

ひとたびあなたがこのように生をとらえたら、たとえ同じ生でも、あなたは不幸ではないだろう。

不幸は、深刻すぎることから来る。

7日間、試してみることだ。

7日間、ただひとつのこと――世界全体はただのドラマだ――を、覚えておきなさい。

するとあなたは、二度と同じではない。

たった7日間だ!

あなたはほとんど何も失わない。

なぜなら、あなたは失うものなど何も持っていないからだ。
この世はただのつくり話だという時に、幸福があなたに起こる。

試してみるがいい。7日間、すべてをドラマとして、ただの映画としてとらえなさい。

この7日間は、あなたの仏性や内なる純粋さへの、多くの一瞥を与えてくれるだろう。

そしてひとたびあなたがその一瞥を持ったなら、あなたは二度と同じではあり得ない。

あなたは幸福だ。

そしてどんなタイプの幸福があなたに起こり得るか、あなたには想像もできない。

なぜなら、あなたはどんな幸福も知らないからだ。

あなたは不幸の程度しか知らない――時にはあなたはもっと不幸で、時には少し不幸だ。

そして少し不幸なとき、あなたはそれを幸福と呼ぶ。

あなたは、幸福とは何かを知らない。

あなたが知るはずはない。

世の中をそんなにも深刻にとらえる観念を持つとき、あなたは幸福とは何かを知らない。

この世はただのつくり話だという心構えに根づく時にのみ、幸福があなたに起こる。

だから、これを試してごらん。

すべてをとても陽気なやり方で、祝いに満ちて、

それぞれの「行為」を実際のことではないかのように行ないなさい。

もしあなたが夫なら、それを演じなさい。

夫の役を演じることだ。

もしあなたが妻なら、妻の役を演じなさい。

それをただのゲームにするがいい。

そしてもちろん、そこにはルールがある。

どんなゲームも、ルールが必要だ。

結婚はルールだし、離婚もルールだ。

でも、それを深刻にとらないように

それらはルールだし、ひとつのルールが別のルールを生む。

離婚は不運だが、なぜなら結婚が不運だからだ。

ひとつのルールが、別のルールを生んだ!
でも、それらを深刻にとらえないようにしなさい。

そしてその時、いかに直ちにあなたの生の質が変わるかを見るだろう。

まるであなたがドラマの一部を演じているかのように、妻や夫や子どもたちにふるまいなさい。

そしてその美しさを見てごらん。

もしあなたが役割を演じているのなら、

うまく演じようとするだろうが、あなたは邪魔されないだろう。

その必要はない。

あなたは役を演じ、眠りにつくだろう。

でも、それは役だということを覚えておきなさい。

そして7日間、継続的にこの心構えに従いなさい。

その後で、幸福はあなたに起こり得るだろう。

そして一度、幸福とは何かを知ったら、あなたは不幸の中に動いていく必要はなくなる。

なぜなら、それはあなたの選択だからだ。

あなた自身が生に対する間違った心構えを選んだせいで、あなたは不幸だ。

正しい心構えを選ぶなら、あなたは幸福でいられる。

ブッダは「正しい心構え」に、とても多くの注意を払った。

彼はそれを基礎に、土台にした。

「正しい心構え」――それはいったい何だろう?

その基準とは何か?

私にとっての基準は、これだ――あなたを幸福にするなら、それは正しい心構えだ。

客観的な基準はない。

あなたを不幸に、惨めにするものは、悪い心構えだ。

基準は主観的だ――あなたの幸福が、基準になる。

OSHOのタロットもクールデ本当にお勧めです。

奇跡のコースとは?

奇跡のコースをひとことでいうならばどういうこものと言えるでしょうか?

私も初めはそうだったのですが、「奇跡」という言葉から、まず初めに連想するのはこういうことでしょう。

・現実の世界で、思い掛けない遺産が入ったり、宝くじにあたるとか、何か大金が入ってくるようなことが起きる。

・突然白馬の王子様が現れて、急にもてもてになる。

・イエス様が奇跡を起こしたと言われるように、突然重い病に苦しんでいた人が、にわかに健康を回復する

などなどのことと思いますが、実はそんなことではありません。コースでは私達が現実と思っている世界は夢・幻想であるというわけですから、そういうものが奇跡のコースの目標であったり、本質であったりすることではないのです。

それでは奇跡のコースでいう「奇跡」とは?

・愛こそが全てであり、愛の表現として起こって来るものすべてが「奇跡」である。

・この宇宙や現実と思っているエゴの見方から、聖霊の見方に完全にシフトすること、それこそが「奇跡」である。

そのように思います。

他の宗教や哲学または思想とは何が異なっているのでしょうか?

奇跡のコースはJ(ジェイすなわちイエスキリスト)の言葉を口述筆記されたものと言われますが、それでは奇跡のコースはキリスト教の一派なのでしょうか?

まず最初に、奇跡のコースはキリスト教とは全く違うものであるという認識が必要です。
キリスト教はイエスキリストの言葉や思想をもとにつくられた宗教であるとされますが、旧約聖書、新約聖書と改定され、またいろいろな政治的思惑によって変化するなど、いろんな歴史的経緯位を経て全くキリストの思想とは言えないものに変化してしまっています。

奇跡のコースは、宗教の種類ではどういったものに分類されるかというと、どちらかというと仏教の思想に近いものですし、禅などの考え方をつきつめたものものと言えるように思います。

考え方の根本として、この世を白と黒、陰と陽、生と死、善と悪、高いと低い、男と女、など2つに分けて考える二元論が世の中の一般的な見方といえます私達は長い間、常識的な人間はすべて二元的に考えるものとして教育されてきました。

しかし、奇跡のコースはこの二元論の見方を超えた非二元論(ノンデュアリティー)という見方、言い替えれば、全ての宇宙も多くのばらばらに存在するように見える人間達も、すべては一つの心の投影であるという一元論の視点に180度変化させたものです。非二元論にもいろんな段階があり、またいろんな方々が独自の塩宇を展開しているのでそれはまた別の機会に触れますが、奇跡のコースは非二元論の立場をつきつめたものであることが大きな特徴です。

それを基本としている奇跡のコースの特徴をいくつかのキーワードをもとに箇条書きに列挙してみると以下のようになるのではないかと思っています。

1.実在するものは神(誤解を招く概念ですが、絶対的存在ということで便宜的に神っという言葉を使います)のみであり、神は一切変化せず、何者にも脅かされることはありません。私達も神の延長であるが故に神と一体であり、バラバラに見える人間達もすべて一つのスピリットとしての存在なのです。そのため、いかなるものからも危害を受けることはないのです。

2.神でないもの(実在でないもの)は一切存在しない
(この宇宙や現実世界は神が作られたものではないため、実在のものではないため、一切存在しない。存在しているように見えるとすればそれは夢(幻想)である。)

3.愛には不平、不満はありません(愛がすべてですから、愛に生きていれば不平・不満が生じるはずはありません。)

4.奇跡のコースは解釈するもの(理論や知識)ではなくその考え方を毎日の一瞬一瞬に生かすべきワークである。

5.奇跡のコースでは、私たちが行うことはただ一つ、すべてをエゴの見方から見るのではなく精霊の見方から見るようにシフトする訓練をすること。

6.奇跡のコースは、3冊もの分厚い本で成り立っていますが、考え方はたいへんシンプルです。しかし、それをマスターする(無意識に精霊の考え方ができるようにまでになる)のは容易ではないといわれます(それほどエゴのバリアーは強固であるということですね)。

7.奇跡のコースのカギは「赦し」ですね。毎日毎日起こる出来事のなかで、一見良いと思われることも、悪いと思われるkとも「赦し」の実践をしていくことが最も大切なことです。

8.本当の自分はスピリットであり肉体ではありません。
肉体およびこの現実と思っている社会は、自分のスピリットが作り上げた夢であり、幻想に過ぎないのです。
本当の自分は神の王国を離れたことはありません。したがって夢の世界から真の神の王国へ戻ることが人間の最終の目標となります。それが悟り(めざめ)と呼ばれてきたものではないかと思います。

奇跡のコースはたいへん奥が深いため、解説し始めるとテキストのようにたいへん分厚い本になってしまいます。そして理論はテキストで完全に記述されています。その理論や解釈は私どもがあれこれ書き加えるべきものでもレクチャーしたりするものでもありません。

私達の行うべきことは、奇跡のコースの解釈を議論することではなく、「エゴの見方を精霊の見方にシフトさせること」「赦しをあくまでもけいぞくす・実践すること」に尽きると思います。

最近の愛読書としても紹介しました、ゲイリー・R・レナードさんの「神の使者」に続く第2作で、Yumiko Emaさんが作成された「不死といううあなたの現実」の動画をご紹介します。

こんな素晴らしい動画をアップしていただいた、Yumiko Emaさんに感謝します。

本当にありがとうございます。